アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の教科書セミナー(2)をオンライン視聴しました。
このセミナーは、現在wamに展示されている『第18回特別展 中学生のための「慰安婦」展+教科書』に連動して開催されているセミナーでした。
この3月12日、wam現地で開催されたものを後日配信という形でセミナーに参加したので、ここにメモとして記録するものです。
今回は、日中韓の歴史教材のづくりに20年間携わってきた齋藤一晴さんが講師として登壇し、20年間で得た現在の課題を中心に話されました。
日中韓の歴史について、子供たち特に中学生へ、自国と隣国の歴史を伝えるための教材としての「教科書作り」に、現場の先生方中心に奮闘してこられた一端を垣間見れました。
三国の歴史的・地理的関係性を踏まえると、子供たちにいかに”分かりやすく”伝えることが難しいことか。
そのために言語の壁を越えること、つまり翻訳や通訳がいかに重要な屋台骨になっていることかを講演中だけでなく質疑中でも話していらっしゃいました。
国家間の認識の差を埋めることも大変ですが、伝えることの難しさも考えさせられました。
下記が後学の一助になれば幸いです。
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はじめに
(1)ウクライナ情勢
●いま、私たちに何ができるのか…武力行使、暴力をどう受け止めればよいのか
武力行使は選択肢のひとつ?
毎日生じている武力行使、暴力にどれだけ目を向けてきたか
>>予期しなかった武力行使について、よく考えればパレスチナやチェチェン紛争などは日々起きていた。
●和解の難しさ…たとえ戦争が終結しても、それが和解にはならない
日韓の和解は100年かかるかもしれない。
(2)共同歴史教科書ではなく、共同歴史教材
●現状の 3 国の教科書制度では、教科書として位置づけることは難しい(検定を通らない)
>>20年間、携わってきたことについて紹介する。
1 東アジアにおける共同歴史教材
(1)これまでに東アジアで刊行された共同歴史教材
◆ 日韓共同歴史教材◆
① 日韓共通歴史教材制作チーム編
『日韓共通歴史教材 朝鮮通信使 豊臣秀吉の朝鮮侵略から友好へ』明石書店、2005
②日韓「女性」共同歴史教材編纂委員会編
『ジェンダーの視点からみる日韓近現代史』梨の木舎、2005
③歴史教育者協議会・全国歴史教師の会編
『向かい合う日本と韓国の歴史 前近代編 上』青木書店、2006
『向かい合う日本と韓国の歴史 前近代編 下』青木書店、2006
④歴史教育研究会(日本)・歴史教科書研究会(韓国)編
『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史 先史から現代まで』明石書店、2007
⑤日韓共通歴史教材制作チーム編
『日韓共通歴史教材 学び、つながる 日本と韓国の近現代史』明石書店、2013
⑥歴史教育者協議会・全国歴史教師の会編
『向かい合う日本と韓国・朝鮮の歴史 近現代編』大月書店、2015
◆ 日中韓共同歴史教材◆ >>携わってきたもの⑦⑧⑨ 2005-07年に集中している。
⑦日中韓 3 国共通歴史教材委員会
『第2版 日本・中国・韓国=共同編集 未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』高文研、2006
※初版は 2005 年刊行
⑧日中韓 3 国共同歴史編纂委員会
『新しい東アジアの近現代史 上 国際関係の変動で読む 未来をひらく歴史』日本評論社、2012
『新しい東アジアの近現代史 下 テーマで読む人と交流 未来をひらく歴史』日本評論社、2012
⑨日中韓 3 国共同歴史編纂委員会『タイトル未定』2022 刊行予定
(2) 2005年発行⑦の位置づけと課題
●位置づけ
2001年教科書問題(つくる会教科書)
●2002 年作成開始 ・10 回の国際会議 ・第5次原稿 ・刊行へ 読者対象…中学~一般
目的…日本の戦争責任・戦後責任をめぐる歴史事実の共有・歴史対話の促進
●歴史対話とは…共同歴史教材の作成を通じた歴史認識の共有、自国史の問い直し
①歴史認識の形成過程の相違を相互把握するいとなみ
共通点と相違点の両方を把握する必要がある
②他国の研究や教育に向き合うために各国で蓄積されたものを相互理解するいとなみ
これまで各国に相互理解のためのどのような取り組みが行われてきたか
(例)教科書分析や授業交流、博物館展示など
【参考文献】
張国松著・齋藤一晴訳「南京大虐殺記念館『南京大虐殺史実展』リニューアルの趣旨と概要」
歴史教育者協議会『歴史地理教育』2018-8
③共同歴史教材を可能とした歴史的、社会的背景を相互確認するいとなみ
各国で教科書の内容や教材研究、研究活動がどのような社会状況のなかで変化してきたか
>>中国では教材作りの自由はなかった。現在は異なり、時間的思想的な自由がなければ教材作りはできないことがわかっている。
●課題
東アジアの近現代史が戦争や植民地支配ばかりで叙述されていた…それ以外の歴史は無いのか?
>>記述は戦争支配のことがメインにならざるを得なかった
近代史が中心で、現代史の部分が少なかった…各国で同時代をどう生きているか分からなかった
>>今後の課題。日本在住の子供たちに中国や韓国の子供にどう伝えるか。
教材を目指したが、問いかけや考える資料が限定的で必ずしも教材になっていなかった
>>子供むけに工夫するのは大変厳しかった。最終的に読み物として作った。
(3)⑦と⑧の役割分担と相違点
●役割分担
⑦をホップ、⑧をステップ、⑨をジャンプと 3 段階で作成することに ⑧は、⑨を作成するために必要となる各国の歴史学の成果を共有するために編まれた一般書
>>教材を作りたかったので時間が必要だった。
●相違点
⑧は一部だが両論併記・論点提示へ…下巻8章
⑦では両論併記や論点提示はほぼ行わず(⑦で扱った論点は韓国併合・合法不当論をめぐって)
朝鮮半島出身の日本兵は、中国の戦争被害者にとって加害者なのか、それとも被害者なのか
日韓・日中だけでなく、中韓にも記憶の差異が存在する
>>読み物ではなく、学術書と論集の間くらいの内容になった。
両論併記により、当事国の認識については注意書きにしてそれぞれの論点・解説を記載。
教科書作りを通じて、論点を再認識した。
(4)⑨の特徴
>>これから出す本について
●教材をめざす…授業で史資料を活用できる 1 冊
●考える教材
●読者対象…中高生~・中韓の歴史を十分に習っていない中高生に分かるように叙述するのは難しい
●3部/各部4章/各章4節校正 テーマ史をつなげた通史叙述
●現代史まで扱い、戦争や植民地支配だけなく、今日的諸課題もテーマに
2 日中韓共同歴史教材の現場
..20年間で積み重ねた国際編集会議は約60回(1年で3回ずつほど)
(1)原稿はどのように作成されるか・・・⑨の作り方
①執筆者が担当する節を執筆…意見交換をしながら担当者が個人の責任で修正を重ねる
もしくは、草稿や原案を各国が持ち寄り意見交換しながらひとつの節にしていく
⑦は執筆担当国を決めて執筆した…⑨は国家を越えて個人として
●共同執筆をめざした
>>ボツになった教材案(草稿)について(2017年提案)
●コンセプト…若い世代が国境を越えて資料を手がかりに歴史に向き合い、考え、対話する
●編集会議で修正、ボツに…その理由は
1930年代の内容を扱う節だったため、1910、1920 年代の資料から変更することに。
中国の読者は、日本語やハングルが読めないので資料の意味が分からない可能性がある
日本の中国侵略と朝鮮支配は歴史的な経過をふまえて扱う必要がある…資料選択の難しさ
>>日本の子供達だけを想定していてはダメで、中国・韓国の子供たちのことを考えなければならない。
かつ、歴史は動いているので、タイムラグを含めて1節に入れるのは無理。
難易度も考え、作業を進めている最中。
(2)現場(国際編集会議)の雰囲気
①2002 年から 20 年間、編集作業を続けており歴史認識の相違や各国の立場などをめぐって、
感情的になる場面はほぼ無くなった…原稿の内容をめぐってはかなり激しい意見交換も
●活用しようとしている教材の妥当性…考える内容か(単なる知識の注入になっていないか)
●自国中心の歴史叙述になっていないか…日中韓の子どもたちが理解できる内容か
●各時代を生きた人々が描かれているか(事典的、概説になっていないか)
●執筆メンバーから寄せられる修正意見に真摯に向き合い、原稿を修正するかどうか(対話の作法)
>>最近は、議論の最中に出ていったり口論になったりすることはなくなった。
すでに出尽くして、日本側が苦悩している姿を中国・韓国の担当者が見てきたから。
いまは他の場所では慌てることもなくなったけれども、この作業では冷や汗をかく議論の場になっている。
②日中韓の史資料にもとづいて、根拠を示しながら自説を述べることに慣れてきた
他国の研究動向や研究史を知らないと発言できない
>>かつては肉親の話を感情的に話していたが、最近は肉親の経験談の裏付け資料などを提示して発言するようになった。
③いまだに自国中心、自国史中心から逃れられないときがある…ただし自覚できるようになってきた
自身が授業を行ううえで、中韓から指摘されたことをふまえて修正できるようになってきた
教科書や共同歴史教材をナショナリズムが対立する場から、それに向き合う対話の場へ
3 何が議論になり、どう乗り越えたのか
(1)議論によって共同歴史教材に盛り込めたもの
①日本の戦争被害(広島・長崎・沖縄戦など)…中国や韓国の読者には新鮮な内容
>>中国や韓国の先生の方が日本のことをよく勉強している。
②日中戦争における中国の戦争動員の状況…混乱を極め、本人の意思に関係なく動員されることも
●背景…日本の研究成果が中国で翻訳、出版され、相互理解が進んでいる
●石島紀之『中国民衆にとっての日中戦争 ―飢え、社会改革、ナショナリズム』研文選書、2014
>>実態に近い内容を書いている。(石島先生の本)中国にとっては記憶の傷を中国で翻訳出版している。
李秉奎・评石岛纪之著「抗日战争时期的中国民众 饥饿、社会改革和民族主义」『抗日战争研究』2017(1)
李秉奎「視角を転換し、問題を発見する 石島紀之著
『中国民衆にとっての日中戦争』の中国での出版に寄せて」『歴史評論』校倉書房、2017-7
>>議論をすることによって、かつでは中国の歴史の描き方を書き込めるだけの研究の蓄積があるから盛り込んだ。
③公害問題や自然災害…国境を越えた汚染や自然災害・豊かさとは何か
>>どこの国にも関係のあることを盛り込んだ。
(2)議論はしたが盛り込めなかったもの
①領土問題…どのような視点、立場から叙述するか難しい
●歴史教育者協議会・全国歴史教師の会編
『向かい合う日本と韓国・朝鮮の歴史 近現代編』大月書店、2015には下記の叙述がある
>>この内容は重い。しかし、韓国でどう受け止められたかは自分は分からない。
双方の国民が理解しあったとしても、両国政府が国家の利害関係を冷静に分析し、合理的に対話をし て竹島(独島)問題を解決することは現実的にとても難しい。したがって、民間レベルでその歴史的変 遷を共有しながら問題解決の糸口を見つけてゆくことが重要である。そして特に若い世代が竹島(独島) 問題に対する未来志向的認識を基礎に具体的な解決策を提示しながら互いに話し合うことが必要であ る。もちろん、竹島(独島)を生活の拠り所として生活してきた鬱陵島と隠岐諸島の人々の声を含む地 域的な問題まで、多様な視角から見なければならないだろう。 (pp.302-303)
●各国の執筆者が日常生活やネット空間で誹謗中傷を受ける危険性を考慮して 議論をしていても盛り込めない内容もあるのが共同歴史教材の現段階
(3)議論があまりできなかったもの…現時点で乗り越えられないものを共有することも大切
>>これらの史実や記憶を書き入れる(=代弁する)のは簡単ではない。
①天安門事件・台湾問題・香港・中国における少数民族問題
これらの議論ができないと共同歴史教材作成の意味が無いという意見もあるが…簡単ではない
②華北・華中・華南といった地域から見た日中戦争…地域性、地域差は経験差や記憶差に
③北朝鮮や東南アジア・太平洋…東アジア全体を扱うことができていない
④東アジアや東アジア史とは…東アジア史は 3 国史、3 国関係史ではない
そもそも「東アジア」とは何?地理的にも国史としても定義、主語は何か。
⑤東アジアにとって近代(化)とは何だったのか 各国が同じ発展過程を経るわけではない…他国の状況や経過に優劣はつけられない
>>結局、「近代化」は戦争を動かす悪い力になった。そもそも近代化は東アジアにとってどういうことだったのか。いままさに中国は直面している。
⑥歴史教材とは何か…3 国とも歴史は暗記科目という現状が
>>ほとんど議論できなかったと自分は思う。執筆メンバーが少ないのが理由の一因か。
中国の執筆者は学者なので、子供たち向けに工夫するのは厳しい。
⑦軍事力(の行使)や原子力発電所、核兵器…各国で立場や歴史背景がまったく異なる
冷戦が残したもの…しわ寄せを一部に押し付けてきた歴史…台湾・朝鮮半島・米軍基地など
ウクライナ情勢を考える一助にならないか…偶発ではなく歴史的に生み出されてきている
>>中国にとって原子力は近代化の証。3.11に「危険とわかっていて必要だから使っている」と話す。
軍事基地は、軍事力を集中させ、起点として位置付けてきた歴史があるにも関わらず、軍事力について語っても説得力がない。
ウクライナについて考えれば、冷戦の残りが争いのタネになっている。
(4)議論のテーマにほとんどならなかったもの
●障害や障害者…ただし、⑨の私の原稿には盛り込む予定(議論中)
なぜならかなったのか考える必要が日中韓それぞれにある
>>障害者はどの時代にもいるから、考えてなかった。
4 共同歴史教材づくりを支えてきたもの
①通訳…高度な語学力と歴史学や歴史教育に関する専門的な知識が必要
同時通訳ができればいい、というレベルではなく簡単には養成できない存在
自身の歴史認識や歴史観と関係なく、執筆者の執筆意図を通訳、翻訳する難しさ
>>一年などで簡単に育てられる人材ではない。が、そのような人がいないと作業できない。
②翻訳…日本側は執筆陣が担当
歴史用語が各国で違うので難しい…共同歴史教材では歴史用語を統一すべきか?
満州事変(戦争と呼ばない)/9・18 事変(記憶としての数字)…歴史用語には意味がある
●通訳や翻訳をして他国や他者の考えを伝える難しさ…対話の最前線もっと知る必要がある
>>統一用語を使うのは、各国で使ってきた用語に歴史的意味があるから止めた。
翻訳や通訳の意味をもっと知る必要がある。
③事務局…原稿の整理や日程調整、会場、宿泊先の確保など各国との連絡窓口を担当
●執筆者だけで作成できるものではない
>>48章が3ヵ国語分あるから、膨大な量になる。いまはクラウドに保存している。
窓口を通してやりとりする。個人間での諍いを止めるため。
①から③が、制作を支えてきたことを知ってほしい。
5 共同歴史教材作成と授業交流を両輪に
…日中授業交流を例に
(1)なぜ、共同歴史教材の作成は、東アジアで減少傾向、継続できていないのか
①10 年単位で継続して作成を続けることは簡単ではない…金銭面(儲からない)、メンバーの高齢化
>>片手間にならざるを得ない現実がある。
②社会や時代状況の変化… 国の関係が必ずしも良好とは言えない
>>ただし、交流は増えている。関係性は悪化したようだが、振り返る必要がある。
③若い世代に自身と戦争や植民地支配の歴史がどうつながっているかを問うことはもはや困難
>>1995年が戦後50年だった。「つながっていることを考えたことをない」ことを前提に授業する。
共同共催前に、子供たちが読めるものを作らないといけないと思う。
子供が読める「通史」はない。
(2)なぜ、共同歴史教材は、教室で使われていないのか
①授業で使うのが難しい…教材になっていない・共通テストなどテストに出ない内容が少なくない
②中国や韓国の研究動向や実践の積み重ねを理解する必要があるが簡単にはできない
(3)共同歴史教材に命を吹き込むのは誰か…子どもたち(若い世代)
①教材は授業で使われて初めて教材になる
②国境を越えた授業交流を積み重ねていく必要性…共同歴史教材を国境を越えて活用するために
>>交流している。日本と中国の歴史の先生が、高校生たちと意見交換している。
(4)日中授業交流…歴史教育者協議会
●日中交流委員会の交流(金陵中学と南京市第一中学)
①日中授業交流…日本と中国の歴史教師が南京の高校生に授業を行い、終了後、日中の教員が授業内容を共同検討したり、中国の高校生とも意見交換を行ったりする。
②近年の授業交流のタイトル
●日中戦争や領土問題といった敏感なテーマも扱っている
●日中戦争だけに偏らないように、南京の歴史や日中関係史を扱うことも意識
●共同歴史教材は近現代史だけだが、授業交流は前近代もテーマにしている
●歴史認識の相違を知ることは、その形成過程を知ること…高校生のリアルな歴史認識にふれる機会
●現時点では、共同歴史教材を使った授業交流に至っていない…まずは信頼関係の構築から
>>いきなり行って「使ってくれ」とは言えない。時間を積み重ねるところから。
おわりに
(1)戦争や植民地支配を行う
●武力行使や暴力<戦争や植民地支配を止める <和解を模索する
難易度が増す…100 年単位(3世代)の時間が必要なことも
●武力行使や暴力を行ってはいけない理由として
(2)歴史対話学や和解学という研究領域の拡充
…両者を意識した授業づくり
①歴史対話学
共同歴史教材の作成や使用は、和解への道筋を具体的に見つけ出す方法、対話の場の一つ
歴史認識の相違、形成過程を知り、どこまで議論ができるのか(できないのか)を相互理解する
>>学問として位置づける。
②和解学…国際和解学研究所(早稲田大学)
研究概要…「和解学の創成と社会的普及、およびその教育への応用」
●日本では新しい研究領域…具体的な実践の場や素材が必要…共同歴史教材という存在
========== 以上